大判例

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東京高等裁判所 昭和48年(う)2154号 判決 1974年4月17日

被告人 宮本善博

主文

原判決中の被告人に関する部分を破棄する。

被告人を罰金一万五〇〇〇円に処する。

原審における未決勾留日数中、その一日を金五〇〇円に換算して右罰金額に満つるまでの分を右の刑に算入する。

原審における訴訟費用中、証人一瀬公人、同前田勝政、同名取一実、同菅沼武夫、同藤原恒司、同岩淵徳雄、同間瀬信哉、同押留俊弘に支給した分の五分の一、同鈴木邦、同鴇田淳に支給した分の二分の一および同野神幸雄に支給した分は、被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、東京高等検察庁検事片倉千弘提出にかかる東京地方検察庁検察官検事伊藤栄樹作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、弁護人川中修一、同淡谷まり子作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

控訴趣意第一について

論旨は、原判決が被告人に対する公訴事実のうち昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下「都公安条例」と略称する。)違反の事実について、国鉄品川駅ホーム等は都公安条例の適用範囲外であるとして無罪を言い渡したのは、法令の解釈適用を誤つたもので、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れないと主張する。

そこで、所論にかんがみ記録を調査して検討するに、被告人に対する都公安条例違反の公訴事実は「被告人は、昭和四七年四月二七日午前七時三〇分ころから同七時五九分ころまでの間、学生ら約二〇〇名が、東京都公安委員会の許可を受けないで、東京都港区高輪三丁目二六番二七号日本国有鉄道東京南鉄道管理局品川駅第二ホームから跨線橋を通り第一ホームに至る間において、九列ぐらいの縦隊となり、かけ足で移動し、第一ホームに坐り込み、インターを合唱し、『ゼネスト貫徹、春闘勝利』などのシユプレヒコールをして集団示威運動をした際、右集団の前方列外で集団に正対して笛を吹きながら右かけ足の移動を指揮し、さらに、笛を吹き、あるいは大声で『坐れ坐れ』と指示して右集団を同ホーム上に坐らせたうえ、右集団先頭部分で携帯マイクを使用して前記合唱およびシユプレヒコールの音頭をとり、もつて、前記無許可の集団示威運動を指導したものである。」(罰条、同条例第一条第五条)というにあるところ、原判決は、その取調べた証拠によると事実関係自体は、集団示威運動の開始時刻が午前七時三〇分ころとあるのを同七時四三分ころと改めるほかは、すべてこれを認めることができるとしながら、本件品川駅ホーム等は都公安条例の適用の範囲外であつて、右公訴事実は罪とならないとして無罪を言い渡していることが明らかである。そして、原判決が述べる理由の要点は、道路、公園、広場等の一般公共用の場所は、本来一般公衆が自由に通行、集合その他の平和的な利用行為をなし得る場所であり、官公庁の敷地等や私有の場所であつても、現実に一般に解放され不特定多数の人の自由な出入を許し、一般公衆の利用するにまかせているという状況が存在するかぎり、道路公園広場等の一般公共用の場所と同様に公安条例の適用を認めて差支えないが、右のような状況にない場所、すなわち囲いがめぐらされ、門扉や守衛所が設けられる等して私有または公用の場所であることが一般公衆にとつて外観上明らかで、排他的に支配する旨の管理者の支配意思が外形的に明示されている場所は、仮に不特定多数の一般公衆が通行、利用しているとしても、それは、その場所の設置目的に反しない限度において、現実には管理者の許容する範囲内において、許されているにすぎないものであるから、その場所の平穏ないし安全に関する規制は、第一次的に管理者の意思を尊重すべき筋合のものであり、集団行動の許否も管理者の意思と責任において律せられるべきである。それゆえに、このような場所において管理者が許容するならば、平和的な集団行動であるかぎり、法的にも正当なものとしてその自由が認められるべきであつて、管理者が許容しているにもかかわらず、事前に公安委員会の許可を受けることを必要とするとの制限を設けることは、基本的人権に対する制約として憲法上許容される必要最小限度の限界を超えているものといわざるを得ず、このような場所は公安条例の適用範囲外と解するのが相当である。そして本件品川駅ホーム等の国鉄駅構内は、一般公衆の輸送を行なつて利益を挙げようとする国鉄の営業目的に則つて設置されているのであり、一般公衆は乗車券を購入所持することにより一応自由に構内を通行することができるが、それは国鉄の営業目的に反しない限度での利用行為しか許されないものであり、一般道路等におけるのと同様の表現の自由を主張し得る性質の場所でないことが明らかであるから、前述の排他的な管理者の支配意思が明示されている私有または公用の場所と同視するのが相当であつて、公安条例の適用範囲外であるというにある。

しかしながら、当裁判所は原判決の判断に賛成することができない。当裁判所の見解は、所論が引用する昭和四四年一一月二七日当裁判所第一〇刑事部判決、刑集二二巻六号九〇九頁と基本的には同一であつて、本件国鉄品川駅ホーム、跨線橋は都公安条例第一条の集団示威運動に関する規制を受けるべき場所であると解する。

都公安条例は集団示威運動につき「場所のいかんを問わず」として一般的に規制している。しかし、かような運動が一般公衆の利用と全く関係のない場所において行なわれることは運動の性質上想像できないところである(最高裁判所昭和三五年七月二〇日大法廷判決、刑集一四巻九号一二四三頁参照)。けだし、集団示威運動は、前記高裁判決もいうように、本来、共同の意思、目的を有する多数の者が集団の威力気勢を示して、集団外の一般不特定多数の公衆に対し、集団の意思、目的を訴えるための活動を内容とするものであるから、その運動が意図する目的を有効に達成するためにも、多数の一般公衆が利用する場所において行なわれるのが通常である。また、都公安条例が、表現の自由として憲法上の保障を享有すべき集団示威運動に対して一定の規制を加えることとしたのは、かかる集団的行動が言論と行動による思想表現の方法であつて、一時的にせよ一定の場所を占拠して他の集団的行動あるいは一般人や車両の通行を妨げるのであるから、これらの他の利益との間の調整を必要とし、更には平穏静粛な集団であつても、時に昂奮激昂の渦中に巻きこまれ、勢いの赴くところ実力によつて法と秩序を蹂躙するに至る可能力を包蔵していないわけではないから、この面からの規制も必要とするためである。したがつて、条例が「場所のいかんを問わず」と規定していても、これを文字通りに解釈することは現実的ではなく、上に述べたような一般公衆の利用と関係の深い場所すなわち、前記高裁判決がいうように一般公衆が直接これを利用するため有償無償で出入りすることのできる公開の場所におのずから限られるものというべく、これを同判決がいうように「公共の場所」と表現して解釈すべきであるといつても、ことさら制限解釈を施すものではないと考えられる。本件の国鉄品川駅ホーム、跨線橋のごときは、原判決も認めるとおり、常に多数の一般公衆が直接出入りし利用する場所であつて、公共の秩序を維持し住民の安全を保持する目的をもつ都公安条例が規制の対象とすべき場所に該当するというべきである。

原判決は、国鉄駅構内は国鉄が排他的に管理支配する場所であつて、公安条例の適用範囲外であるとする。しかし、この点も前記高裁判決が説示するとおり、管理者のある施設はすべてその管理者が当該施設を維持管理し、施設本来の目的に従つてこれを保全するものであるけれども、これらの諸施設の中でも特に一般公衆の利用と関係の深い場所について、前記のような目的をもつ都公安条例の規制が及ぶと解しても、その施設に対する管理者の管理権を否定するものではなく、目的、機能を異にする管理権と都公安委員会の許可権とが競合的に併存することを認める支障とはなり得ない。原判決は、管理者が許容している場合でも、公安委員会の許可を受けなければ規制の対象となつて不当であるというが、本件において管理者の許可があつた形跡はなく、かえつて退去を要求されているのである。もし、国鉄駅構内において国鉄の職員、従業員等が労働関係の当事者として集団的行動に出る場合のごときは、団結権行使の一態様として公安条例の適用外であると解することができる。しかし、被告人等のような学生については、たとい国鉄労働者のストライキ支援のためであつても、公安条例の適用を免れることはできない。

これを要するに、国鉄の駅構内のごときは、道路や公園、広場等の開放された場所と異り、そこに働く者の集団的行動に関して都公安条例の適用が除外されることはあつても、一律的にその適用の範囲外であると解することは相当でない。本件品川駅ホーム、跨線橋は一般公衆の利用に関係の深い場所であつて、都公安委員会の許可を受けないで集団示威運動を行なうことは違法であるというべきである。これに反し、国鉄駅構内で排他的に管理者の支配が及び都公安条例の適用の範囲外であるとした原判決は、法令の解釈適用を誤つて失当であるといわねばならない。

ところで、弁護人は、原審において、都公安条例は憲法第二一条に違反すると主張している。しかし、この点については前出の昭和三五年七月二〇日大法廷判決が合憲の判断を示しているところである。また、弁護人は、被告人等の行為は集団示威運動に該当せず、可罰的違法性を欠くと主張する。原審で取調済の証拠によると、被告人が指導した集団の行為は時間にして約一〇分余りの間のことで、移動した距離は一〇〇メートルくらいのものであつたこと、この間当時国鉄ストの関係でホーム等における乗客の数も極めて少く、発着する電車も一台であつたことが認められるけれども、インター合唱やシユプレヒコールが単に集団内における相互の意思確認等に止まるものでないことも認められ、更に品川駅長から退去を要求されていることも明らかであり、その他被告人等の行為の動機、目的、必要性、手段方法、態様等を総合して考察すると、所論はいずれも採用することができない。

それゆえに、原判決が被告人の行為について罪とならないものとして無罪を言い渡したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあり、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

それで、控訴趣意第二(量刑不当の主張)に対する判断は後に自判をする際に譲ることとし、刑事訴訟法第三九七条第一項・第三八〇条により原判決を破棄した上、同法第四〇〇条但書に従い、更に自ら被告事件について判決をすることとする。

当裁判所が認定する罪となるべき事実は、前記公訴事実のとおりである(但し、午前七時三〇分とあるのを午前七時四三分と改める。)から、これをこれに引用する。これを認定する証拠は、原審第七回公判調書中の証人野神幸雄の供述記載部分および司法警察員石井勇作成の集会等の許可取扱いの有無についてと題する書面を附加するほかは、原判決が被告人の関係で挙示する証拠のとおりであるから、これを引用する。なお、建造物侵入の点に関する弁護人の主張に対する判断も原判決のとおりであるから、これを引用する。

法律に照すと、被告人の所為中当裁判所が認定した前示所為は、昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例第一条第五条に、原判示罪となるべき事実(三)の所為は刑法第六〇条第一三〇条後段に該当(各罰金については刑法第六条第一〇条または昭和四七年法律第六一号附則二項により、右法律による改正前の額による。)するところ、情状については原判決が量刑の事情として説示しているところは当裁判所もこれを肯認することができるほか、原審共同被告人についてはすべて建造物侵入(不退去)の罪につき罰金二五〇〇円に処せられて確定していることをも考慮して、所定刑中いずれも罰金刑を選択した上、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四八条第二項により罰金の合算額範囲内において被告人を罰金一万五〇〇〇円に処し、刑法第二一条により原審における未決勾留日数中、その一日を金五〇〇円に換算して右罰金額に満つるまでの分を右の本刑に算入し、原審における訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により主文第四項に記載するとおり被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

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